150歳からのパソコン☆〜機械たちへの哀歌〜 鳩野 深透
2003夏 『花と蝶』収載



 ニコラルーン・マーベリックは機械が苦手だった。
もとの所以は彼の不幸なトラウマから始まっているのではあるが、50代半ばにもなるとそんな次元でもなくひたすらに苦手である。パソコンも知らない機能がいくつあるかわからないが、知っている範囲で使えればいいと思っている。

カジャ・ニザリも機械は苦手だった。
一般的に年寄りは新しいものを好まない。外見は美少女めいた愛らしさだろうが、妙なところで大雑把な老人の彼は、医療機器以外ではパソコンなど文章を打てればいいだけだと思っている。
あいにくこの時代、ワープロはむしろ骨董品だった。
彼のパソコンは安定性が最悪なことで知られている某シリーズだったが、パソコンオタクなど通信課の連中だけで十分だと思っている彼はよく知らず、これが一般的なものだと思ってますますコンピュータが嫌いになった。
取扱説明書を読むのが面倒くさいのだ。そんな暇があるならウィルスと遊ぶし、それに飽きたら眠って激務の疲労を回復させる。
 そんな日々の果て、内科主任のパソコンは、修復不可能なエラーによって報われない一生を終えられた。

 新しく来たマシンは、最新式だった。

「……何をやってるんだい君は。」
 必死で画面に向かっていたカジャは、のんきな声にむかっとして刺々しい言葉を返した。
「見れば判るだろう。パソコンのセットアップだ」
 仲が悪いのは今更のことと相手の口調などさして気に留めず、
「そりゃこの形状から言えば、これはどこからどうみても仏壇じゃなくてパソコンだけどね」
「ブツダンとはなんだ」
 仕事はどうした、情報部員はそんなに暇なのか、とか言いたかったのだが耳慣れぬ言葉のほうに反応した内科主任は、情報将校に言い返す。
「新品に見えるけど、エラーを起こしてるじゃないか」
「放っておけ。ところでブツダンとはなんだ」
「私も知らない。部下が以前食器棚の代わりに使ってたんだ。――ここはシフトでSキーじゃないか?」
 この時代まで、地球の狭い一島国の文化が正しく継承されてきたわけがなかった。
「そうか?さっき間違えたかもしれん。バック、バック、で……――おい。真っ黒になったぞ」
「あ、あれ?じゃあここクリックで」
 自らマウスをとった少佐に、
「……待て。貴様機械がわかるのか?」
 内科主任は不審の目を向ける。
「全然解らないよ」
 天使の笑顔でにっこりと答えた。
「待て、おい!」
 自分のミスで壊すならまだいい。こんな馬の骨男に軽々しく新品のコンピュータを駄目にされることを考え、彼は焦って相手の腕をつかんだ。
「ひどい態度だなあ、私がそんなに信用ならないかい?」
 どの面下げて、と言いたい態度にカジャは反駁しようとしたが、
「君だってまるっきりわからないみたいじゃないか。ちょっととにかく貸して」
 と、言われてしまうと言い返せない程度には自信がなかった。
なぜ人間は、不得意分野でも人の余りにも手馴れない様子を見ると口を出したくなるのだろう。
「えーと、このケーブルを先に繋いじゃったのが敗因じゃないかな」
「……本当か?」
「だって私が前やったときは、まずこのソフトをインストールしてからって言われた気がするよ」
「……それもそうか。少し待て」
 画面表示。[インストールは必ずケーブルをつないだことを確認して行ってください]
「外れたぞ。じゃあディスクを」
 パソコンが不得意な人間の要因その一。「画面の文字を良く見ない」
……キュイーンとディスクが読み込まれ。
読み込まれ。
 10分経過――。
「なんか……止まってないか?」
「やっぱりそう思う……?」
 沈黙が落ちる。しかもなんだかがりがりと定期的に明らかにオカシイ音がディスクから聞こえている気がする。
 パソコンが不得意な人間の要因その二。「怖いから起こっている現象を確認しようとしない」
「だっ……大体どうして説明書を見ないんだ!」
 逆切れしたニコラルーンに間髪をいれず、
「見てもわからないからに決まっている!!」
 再び、沈黙。ラフェール人にも覚えのあることだったらしい。
「……一度電源を切ったほうがいいのか」
「どうだろう……」
 事態の悪化を危惧して、機械音痴二人は悩んだ。
「……。……大体、なぜ私がこんなことで悩まなければならないんだ」
 ふと細い眉を寄せて、内科主任がひとりごちる。
「こんなものは専門に任せればいいじゃないか」
「今時この程度が理解できない人間なんかいないという前提で動いてるんだろう?それは大いなる誤謬だと思うけど」
「全くだ」
 二人で一緒にはまったぬかるみで、おそらくこんなにも白氏とラフェール人が共感したことは歴史上類をみない。
しかし歴史的に偉大な第一歩は、この際あまりにも意味がなかった。
 同病相哀れむという言葉はこの時代もうだれも知らない。
 二人は――嫌になってきた二人は、哀れな状態のマシンを放置してお茶を入れることにした。
 パソコンが不得意な人間の要員その三。「ごく身近にマニアとさえ言えるようなパソコン練達者が存在する」
 ルシファード・オスカーシュタインという名の助け舟というか生贄が、何も知らずにこの部屋を訪れるのはこの1時間後のことである。